
帰ってきたのは、思い出じゃなくて心だった -南仏のクリスマス-
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Bonjour!
街の空気に、春の気配が漂いはじめましたね🌸
コートを脱いで、歩幅も少し広くなる季節🧥
少し季節外れですが、
前回お届けした、祖母の親友宅で過ごした南仏のクリスマスのつづきとして、
今回は、我が家のクリスマスのお話をさせてください🎄
一軒家に集まる、ひとつ屋根のあたたかさ
私たちが毎年借りているのは、小さな一戸建ての家。
豪華ではないけれど、みんなが集まれることが、何よりの贈りもの。
そうやって“家”のような場所になっていきます。
今年のメンバーは、祖父母、叔母、父、私、そして初めてクリスマスの場に参加するCaz。
かつての賑やかさは少しずつ減ったけれど、今は今のかたちがあるように思います🌃
来られなかった家族とは画面越しに乾杯を交わしたり、後日ティータイムで再会したり。
たとえ時間差でも、こうして繋がれることは嬉しいものです☕
整えすぎない飾りと、祖母の美学
飾りつけは、毎年おなじみの祖母の担当。
大家さんがクリスマスツリーを貸してくれて、祖母の親友と祖母二人で装飾してくれたとのこと。素敵!
あちこちに置かれた小さな飾りに、
「楽しい時間になりますように」——そんな祖母の気持ちが込められているのが伝わってきます🌉
集められるものを集めて、できるかぎりの飾りつけ。
でも、どこか整えすぎない、その美意識に、私はいつも惹かれてしまいます。
祖母の美学海の香りに包まれた食卓
今年のメニューは、海鮮が主役でした。
「もう重たい料理は疲れたから」と話しながら、
ホタテのクリームソース、ムール貝、生ガキ、そしてアルザス風ピザのタルトフランベがテーブルに並びます。
海の香りに包まれた、軽やかでやさしい食卓。
そして、叔母の職場の上司からは前菜の盛り合わせが。
「ご家族でクリスマスを祝うと聞いて」と添えられた心遣いが、とびきり嬉しいですよね。
名前が貼られたワインと、記憶に残る時間
祖父が今年も贈ってくれたのは、それぞれの名前が貼られたワイン。
「これはね、○○のワインだよ」
祖父の声とともに、一本ずつ手渡されるワイン。
今日まで大事に保管してくれていたのかと思うと、なんだか飲むのが惜しい…!
香りと色彩のなかで、輪郭が戻る
夕方、窓の外に広がっていたのは、
まるで夏のようなオレンジと赤に染まった空でした。
家の裏の小さな山に登り、
道端のローズマリーやタイムを指先でつまんで、冬の空気を吸い込む。
クリスマスに、こんなことしてるの私くらいかも」
そう思いながらも、心がすこし満たされていくのを感じた日でもありました🌾
朝のテーブルと、やわらかな影
翌朝、祖母の手でテーブルの装いがまた変わっていました。
電気には出せないやわらかな陰影が、朝の光と交じり合って部屋に広がります。
祖母が半年以上かけて少しずつ集めてくれていたオマール海老🦞
叔母が数日かけて煮込んだその一皿には、あたたかい時間がたっぷり詰まっていました。
そしてまた、心が戻ってくる
今回、数十年ぶりに家族と南仏でクリスマスを過ごして、
ふわっと感じていたことが、少しずつ言葉になっていくような時間でした。
時間や距離があるからこそ、ほんの一瞬のやりとりが深く記憶に残っていく。
会えない日々が増えていく中で、動ける範囲や、できることも少しずつ変わっていく。
だからこそ、ひとつひとつの瞬間を、手放さずにいたくなるのかもしれません。
思い返すと、私はきっと、
そのやさしさや儚さを、言葉にならないまま、五感で覚えておこうとしていた気がします。
特に、クリスマスみたいなお祝いごとは、
どこか"心を戻す"ような時間でもあると思います。
慌ただしい日常の中で、少しずつ曖昧になっていく自分の形が、
輪郭を取り戻していくような感覚。
日常の流れがいったん止まり、
「これまで」と「これから」のあいだに立つようなこの時間。
家族と過ごす食卓、祖母の飾り付け、祖父の声、自然の香りや景色。
そうしたひとつひとつに触れるたびに、
「自分は何にあたたかさを感じて、何を大切にしたいのか」
その答えが、ゆっくりと浮かび上がってきます🌉
それがきっと、“輪郭のある自分”を作ってくれると思います。
私も、今年もまたこの場所で、心を戻し、輪郭のある自分に出会えました。
クリスマスに限らず、“お祝い”という言葉にどこか構えてしまうときは、
「自分の心を戻す時間」として、迎えてみるのもいいかもしれませんね🥂
最後に、つまみ食いをしてる祖母の写真😆